ちょっと休憩~「的を得る」論争
私もよく講座で言ってきたことなのですが、
「的を得る」は慣例的に使われている表現で正しくない。「当を得る」とする
か「的を射る」にしなくてはならない
ということは、モノカキの間では常識的にとらえられてきました。
ところが、昨年とある予備校の講師の方が「的を得る、といういい方も歴史的
に正しい」という話を公表され、これが一部で大論争になりました。
大雑把に書くと、「得る」そのものが昔から的に当てるというような意味を表
していたから、意味合いとしておかしくない。また「的を射る」では、「的を
得る」と言う言葉とは意味が異なってしまう…というようなもの。
果たして正解は?ということで論争になったようなのですが、実のところ、ラ
イターとして執筆する上ではあまり変化はありません。ライターのバイブル
「記者ハンドブック」や校正マニュアル等でも、現在のところ「的を得る」は
×になっていて、実際現場レベルでは「的を得る」とは書きません。
辞書などではすでに「的を得る」も正しいという表記に変わっていますが、こ
うした部分ではマスコミ・出版業界は保守的です。50、60代のベテラン校正さ
んにタテついてまで、また読者からのクレーム覚悟で「的を得る」と書く度胸
は私にはありません。
ただ、言葉というのは常に移り変わるもの。私の嫌いな「ら抜き言葉」も浸透
しつつある昨今、いずれ「的を得る」も正しい表現として普通に使われるよう
になることでしょうね。しかし「正しいからいいんです!」と押し通すことが
いいことかというと…それもどうかと思います。「的を射る」が使いたくなけ
れば、素直に他の言い方に変えればいいわけですからね。
さて、皆さんはどう思いますか?
